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腕時計と私の日常

独立系の現在。

こんにちは。Doiです。

今回の記事は、今から約2年前に「ウォッチメディアオンライン」様に向け、ゲストブロガーとして記事を書かせていただいたときの文章です。私の大好きな独立系ブランドについてひたすらに書き進めていたため結構な長文になりましたが、楽しんで書いていたという記憶があります。

その当時の自分を振り返るという意味でも、私自身のブログに再掲させていただきます。最後まで読んでいただけたら幸いです。

 

独立系の現在。(再掲)

[独立の定義]

現代における時計界。機械式腕時計の生産が盛んなスイスでは、2000を超える大小様々な時計ブランドが点在し、長い歴史の中で成長を遂げてきました。その中には巨大企業となったものから個人経営のものまで、実に様々な形態が存在していますが、この企業形態は大まかに2つに分類することができます。

複数の巨大資本が形成するグループブランドと、それに対してグループに属さない独立系ブランドです。

では何故このような2つの企業形態が存在するのでしょうか。この記事では主に後者の独立系ブランドについて特筆しますが、スイスやドイツにおける時計界の名だたる老舗ブランドの殆どが、巨大資本を有するグループの傘下にあるという現状ですので、まずは前者のグループブランドついて少し触れます。

グループの例を挙げると、世界最大級のブランドグループであり、ブレゲやオメガ、ブランパンなどを傘下に収める「スウォッチグループ」、またその最大のライバルであり、ヴァシュロン・コンスタンタンやA.ランゲ&ゾーネ、ジャガー・ルクルトなどを傘下に収める「リシュモングループ」、そして我が国にも、シチズン時計が主体となり、ブローバやアーノルド&サンなどを傘下に収める「シチズングループ」などが存在しています。

これはほんの一例であって、他にも大小様々なブランドグループがあります。そしてそのグループの中にも、マニュファクチュール(時計製造を自社のみでの一貫生産が可能なブランド)、エタブリスール(社外から時計部品を仕入れて加工、調整して販売するブランド)、エボーシュ(主にムーブメントなどを製造し、完成品ブランドに時計部品を供給する部品メーカー)など、時計製作に対するスタンスの異なる数多くのブランドが混在しています。

 

このように「群れ」を成すブランドグループと対極の存在が独立系ブランドで、その中でも極めて少数の独立時計師によって構成されるAHCI(Academie Horlogere des Creaters Independents)、通称「アカデミー」は、我が国では「独立時計師協会」もしくは「独立時計師アカデミー」と呼ばれ、有名ブランドに属さずにほぼ個人のレベル活動する時計師が作る国際的な団体です。

1985年にスヴェン・アンデルセン氏とヴィンセント・カラブレーゼ氏の二人の時計師によって設立されました。メンバーに日本人が2人在籍している事でも知られる、孤高の天才時計師集団です。

 

しかし、何故彼らは優れた技術力と確かな腕を持ちながらも、数々の一流ブランドに在籍しないのでしょうか。そこには、確固たる理由があるのです。

一般的にメーカーでは生産効率やマーケティングが優先とされるため、結果として多くの妥協を強いられることになってしまう場合もあります。このような状況下での製品開発は、彼らの求める「真の腕時計作り」とは相容れない部分も多く、従ってその姿勢を貫くために独立した立場でいる他は無かったのです。

彼らが作る腕時計は、メーカーによって大量生産されたものとは一線を画しており、その独創性に富む丁寧で上質な作りは全世界の愛好家や、次世代を担う若き時計師にも注目されている、特別な存在でもあります。

 

[相反するもの]

大量生産が主である現代の時計製造業に反し、独立時計師は自らの求める完璧な時計を、極めて少量生産で行なっている事は前章で述べましたが、大手企業を除く小規模な独立系ブランドの多くも、その姿勢は同じであると言えます。

その証拠は、実際に作品を見てみるとよく分かるでしょう。無限のアイデアから生み出される独創性に富んだデザインや、自らが考え出した特殊機構が、そのまま作品という形で具体化されているため、私はその独立系ブランドが持つ魅力と魔力に心を奪われてしまうのです。

このような独立系ブランドの1つの特徴として、スイスの一流ブランドが数百年にも及ぶ長い歴史を歩んできたのに対し、極めて歴史の浅い新興ブランドが多い事が挙げられます。2000年以降に設立されたメーカーも多く、現在もその数を増やし続けています。

 

また、もう1つの特徴として、先述した独立時計師同様、独立系ブランドの年間生産数は、数々の有名ブランドと比較して極めて少数である事が挙げられます。進化を遂げたCNC工作機械などでの高精度な加工や、大量生産が可能となった現代においても彼らは少数を好み、また、アセンブリを全自動で行う工場が存在するにもかかわらず、組み立ては必ずといってもいいほど手作業で行っています。

はるか昔、時計製造は全ての作業を手作業で行っていた事は言うまでもありませんが、それが何故現代まで生き続けるのでしょうか。

ここで一度、大量生産技術が導入されるまでの歴史を振り返ってみることにしましょう。

18世紀当時のスイスでは、いち早く懐中時計生産の分業体制が確立されており、イギリスやフランス、アメリカなどの国外にエボーシュ等の時計部品を輸出していました。しかし、実際には下請け業者の時計師が個々に手作りしていたため、部品の品質や精度、供給は安定していない面もありました。

ここで手作業主体の時計産業に変化が訪れます

。1700年代後半、フランスで初めて時計部品の量産工場を設立し、後に蒸気機関による大量生産が行われるようになりました。この画期的な技術は隣国のスイスにももたらされ、より本格的な大量生産の時代へと変化を遂げたのです。

そんな中でも、手作業・少量生産の姿勢を変えないのが独立系ブランドです。彼らは時計製造の歴史や伝統を重んじ、そこに敬意を表しています。

まず原点に戻り、「真の腕時計作り」を続ける事に誠意を持って努めています。

 

世界に誇るスイスの伝統を残し、後世へ伝えていく必要があるのです...。

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独立系ブランドの時計の数々(1本だけ異物混入 笑)

 

[おわりに]

ここまで、私が愛してやまない独立時計師や独立系ブランドをテーマにこの記事を書かせていただきましたが、いかがでしたでしょうか。

独立系は、著名なブランドには決して見られない様々な魅力があり、その全てを語り尽くすのはこの記事だけでは当然不可能な事です。

私はこれからも、独立系に限らず腕時計の魅力を伝える事に誠意を持って努めていきたいと思います。

 

最後までお読み下さいまして、誠にありがとうございました。

以上になります!

次の記事は時計イベントに参加した記事を書く予定です。何卒宜しくお願い致します!!

 

Doi